集中力の育て方 #1【初級編】

集中力の育て方 #1【初級編】
なぜ、あなたはこの記事が必要なのだろうか。それは、自分自身で「集中力がない」もしくは「集中できていない」と考えているからであろう。
では、なぜあなたは「集中力がない」「集中できていない」と感じるのだろうか。「集中したい」「集中しなければならない」と思うのだろうか。
日本では、スポーツ分野において「ゾーン」と呼ばれる超集中状態がある。心理学では「フロー」と呼ばれ、「人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態」とされている。【引用:フロー(心理学)】
つまりゾーンとは、最適な意識状態であり、最高の気分になりながら、同時に最高のパフォーマンスを実現できるピーク状態である。スポーツ心理学においては、自分の最高のパフォーマンスを発揮したことのある一流選手の79%が、このゾーンの状態を意図的につくれると答えているのだ。
アスリートの憧れである「ゾーン」状態だが、あなたがそもそも通常の競技状態に集中できないのであれば、ゾーンに入ることはほぼ不可能である。
今回から、集中力を育てる方法を順に考えていく。
第一回目の今回は、集中力がなくなってしまう原因と日々取り組むべき課題について取り上げる。
現代人の注意力低下
グロリア・マーク博士は、カリフォルニア大学で情報学を教えており、20年以上にわたって人間の注意力について研究している。彼女の著書『アテンション・スパン』では、現代人の注意力の低下について詳しく述べられている。【参考:グロリア・マーク博士】
博士のトラッキング研究によると、現代人の注意力は年々減少している。例えば、2004年の調査では、多くの人がコンピューターの画面に平均約2分半ほど注意を向け続けることができたが、2012年にはその時間が75秒に減少した。さらに2021年には、平均的な注意の持続時間が47秒まで下がり、注意を持続できる時間は44秒から50秒となった。
このような現象が起きた一因として、デジタルデバイスの普及によるマルチタスクの増加が考えられる。マルチタスクは注意力を削り、タスクの完了時間を遅らせ、エラーの数を増やし、ストレスを増大させる。ある研究では、マルチタスクを行う医師の処方ミスが増え、そのうち12件は薬や用量を間違える深刻なミスだったと報告されている。
マルチタスクのもう一つの問題は「スイッチコスト」である。例えば、ニュースで事故の記事を読んだ直後に別の作業に移ろうとしても、その事故の情報が頭に残り続け、次の作業への注意が妨げられてしまう。このため、マルチタスクを行うことでストレスが増加し、血圧や心拍数が上昇する。また、マルチタスクをよく行う人は免疫力が低下することも分かっている。
現代社会では、仕事、メール、SNS、動画など、次々とあなたの注意は移り変わっていくことを強要されている。
つまり、注意力を維持するためには、マルチタスクを避け、人の脳が好む「単線作業」を心がけることが重要である。これにより、注意力の持続時間を延ばし、ストレスを軽減することができるだろう。
注意力を奪うネットコンテンツ
現代人の注意力が減少した大きな理由の一つに「インターネット」がある。ネットのコンテンツ構造は、人間の記憶や思考と同じように設計されているため、我々の注意を引きつけやすい。人間の記憶は、概念が互いに関連づけられる意味ネットワークであり、情報をチェックする順番が決まっていない。ひとつのデータから別のデータへ自由に飛び移ることができる。これはWebのデザインと同じであり、これがインターネットの強力な魅力となっているのである。その結果、一度ネットサーフィンを始めると、なかなかやめられなくなってしまうのだ。
近年、「デジタルフェノタイピング」と呼ばれる技術が進化し、オンラインでの表現方法や行動から、その人の感情や行動を予測できるようになった。例えば、投稿に使われる「代名詞」を分析することで、そのユーザが楽しいのか、悲しいのか、あるいは落ち込んでいるのかを判断できる。また、ユーザの性格もかなり正確に判断でき、ユーザに合わせたターゲット広告を送ることも可能である。
このような仕組みにより、現代の広告は人間の基本的な感情、例えば幸福、驚き、恐怖を引き出すのが非常に上手くなっている。基本感情を刺激されると、多くの人は認知的に処理する前に衝動的にリンクをクリックしてしまい、その結果として注意力が奪われていくのだ。
さらに、現代のSNSやその他のメッセージ系プラットフォームも、人間の行動データを利用して、ユーザの趣味嗜好に合わせた情報提供を行っている。自分の好きな情報や興味のある情報がより多く提示されれば、それだけ注意力は削られてしまう。その上、自分の注意を引くコンテンツを提示されると、脳の中で麻薬成分(オピオイド)が放出され、快感を得ることができる。この快感を得続けるために、我々はSNSを見続けることになるのである。
インターネットとそのコンテンツは、現代人の注意力を巧みに引きつけ、維持させるように設計されている。これに対抗するためには、意識的にネットの使用時間を制限し、注意力を奪われないようにすることが重要である。
ボウリングスコア記録アプリ
大会や競技会で、多くの選手が自分のスコアを記録している様子を見かける。利用しているのはスマホやタブレットのアプリで、投球結果を入力することで、アベレージやハイゲーム、ストライク率、マーク率、スプリット率、7番カバー率、10番カバー率などの詳細なデータとして集計される。これにより、自分のプレイをデータ分析し、スコアアップに役立てられる。
例えば、私の場合、7番ピンのカバー率が低い。
では、7番ピンのカバー率を上げるためには、どのような練習が必要だろうか?この記録アプリは、具体的な練習方法を提供してくれない。それくらいは自分で考えろ、ということなのかもしれない。では、スコアを記録し、データ分析をすることにどんな意味があるのだろうか?
記録の力は、偉大である。
しかし、ここで問題になるのは、スコアをいつ記録するかということだ。大会や競技会中にスマホやタブレットといったデジタルデバイスを使ってスコアを記録することに、本当に価値があるのだろうか?大会中にスコアを記録している選手は、競技に集中できているのだろうか?
投球とスコア記録を同時に行うマルチタスク状態では、デバイスにメールや通知が来ると意識がそちらに奪われてしまうだろう。ゾーン状態を意図的に作り、自分の最高のパフォーマンスを発揮したいと考える選手が、競技中にデジタルデバイスでスコアを記録するべきだろうか?
記録アプリは、詳細なデータを記録し、分析することでスコア向上に役立つ素晴らしいツールである。しかし、大会や競技会中に使用することが必ずしも最良の方法であるとは限らない。集中力を維持し、最高のパフォーマンスを発揮するために、大会や競技会終了後にスコアシートをもらって、後からデータを入力する方法を検討してみることを、私は推奨する。
集中力の育て方 #1【初級編:実践】
ここでは、集中力を高めるために実際に取り組める方法を紹介する。今回の実践では、取り組みやすい二つのステップを紹介するので、ぜひ試してみて欲しい。
STEP1【デジタルデバイスを片づける】
デジタルデバイスは非常に便利である。スマホ、タブレット、スマートウォッチなど、我々の日常生活を大いに助けてくれるツールである。しかし、大会や競技会中は、これらのデバイスをすべてカバンの奥底に片づけてしまおう。時間を確認するために時計が必要であれば、スマホとの連携を切って時計機能だけを使うようにしよう。
研究によれば、スマホが近くにあるだけで、さらには自分のスマホでなくても、デバイスが視界に入るだけで作業成績が落ちるという結果が出ている。これは、スマホが「コミュニケーション」を連想させる作用があるからである。スマホが視界に入ると、我々は自然に友人や知り合いが何をしているかを考え始めてしまう。これは頭の中だけで起きることだが、集中力は目の前の作業からそれていってしまう。
したがって、大事な大会や競技会中は、少なくとも自分のデジタルデバイスはカバンの奥底に片づけておくことをオススメする。そうすることで、外部からの干渉を減らし、集中力を高めることができるだろう。
STEP2【ニュースダイエット】
あなたはスマホに何個のアプリを入れているだろうか?それらアプリのために、どれだけのIDやメールアドレス、パスワードを管理しているだろうか?また、どの画面に何のアプリがあるか、すべて覚えているだろうか?それらのアプリの通知数が、いつも消えずに残っているなんてことはないだろうか?
もし、あなたのスマホが情報で溢れかえっているなら、間違いなく集中力は低下し、注意力は散漫になっているだろう。なぜならば、あなたはスマホを上手く扱うために、「注意力をあちこちに広げ」て「いつでもマルチタスクに対応できる」ようにならなければならないからである。
本当は、使用頻度の低いアプリはすべてアンインストールするのが理想だが、それではハードルが高すぎる。そこで、まずはニュースアプリの削除に挑戦してみて欲しい。ニュースアプリを減らすことで、先に説明したネットサーフィンの引き金を減らし、集中力を高める一歩を踏み出せるだろう。
あなたのスマホにニュースアプリはいくつ入っているだろうか?もし複数あるなら、まずはひとつアンインストールしてみて欲しい。
ニュースはアルコールと同じくらい危険である。アルコールは買わなければ手に入らないが、ニュースは至る所にあり、無料で、何も考えずにあなたの意識の中に入り込んでくる。そして、砂糖と同じくらい依存度が高い。短くまとめられた国内外の情報が次々と提供され、知識欲を満たしてくれるように見えるが、実際には見識を広げることはほぼないだろう。もし、ニュースで素晴らしい知識を得たというのなら、ぜひ教えてもらいたい。
例えば、あなたが7日前に見たトップニュースと、得た知識を教えて欲しい。あなたが去年見たニュースの中で、最も見識を広げてくれた5件のニュースについて、内容を詳しく説明して欲しい。
おそらく、多くの人がうまく説明できないことだろう。
ニュースダイエットの詳細はここでは割愛するが、まずひとつ、ニュースアプリを削除することに挑戦してみて欲しい。ニュース閲覧を禁止するわけではなく、複数の同じようなニュースアプリを持つ必要がないことを理解してもらいたい。あなたのスマホを集中力や注意力を奪うものから、本当に便利なデジタルデバイスに進化させるための一歩として、ニュースダイエットをオススメする。
もし、ニュースが見たいときは、Webブラウザから閲覧すれば十分である。
まとめ:集中力の育て方 #1【初級編】
現代のデジタルデバイスは、人間の能力を拡張するために発明されたが、結局のところ、人類の脳がボトルネックになっている。我々はスーパーマンではないし、情報を処理する能力が無限にあるわけでもない。
特に、スポーツに臨むのであれば、普段から集中力を育てておく必要があるだろう。先に述べたとおり、スマホに注意力を奪われた状態で、あなたが最高のパフォーマンスを発揮するゾーンに入ることはないだろう。それと同時に、ゾーンに達して競技を行う選手たちと切磋琢磨することもできないだろう。
ぜひ、日々の習慣を見直して、少しずつ集中力を育て続けてもらいたい。
【参考文献】
(Amazon)NEWS Diet
(Amazon)ヤバい集中力
(Amazon)ファスト&スロー(上)
(Amazon)ファスト&スロー(下)
(Amazon)超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験
(Amazon)SKILL 一流の外科医が実践する修練の法則