疲労回復と睡眠 #4【素朴な疑問編】

疲労回復と睡眠 #4【素朴な疑問編】
スポーツ競技者にとって、睡眠は疲労回復のために欠かせない重要なリカバリー戦略のひとつである。
【詳しくはこちら】
→疲労回復と睡眠 #1【アイテム編】
→疲労回復と睡眠 #2【環境編】
→疲労回復と睡眠 #3【習慣編】
今回は、睡眠にまつわるよくある素朴な疑問について、紐解いていきたい。
素朴な疑問【時間編】
①早寝すべきであるか?
早寝早起きは最高である
引用元:???
早寝早起きは推奨されることが多いが、実は「早寝」はあまり推奨できない。これにはふたつの理由がある。
- 大事な日だからといって早く寝ても、いつもの就寝時刻あたりまで眠れずに横になっていることになりやすい。寝付けずイライラしてしまうと、このイライラが、いつもより早く眠れないことに拍車をかける。
- 人間の体は、適度な疲労がないと眠れない
「眠いのに早く起きる」と「眠くないのに早く寝る」の2つを比べた場合は、後者の方が格段に難しい。就寝時間と起床時間はどちらも一定していたほうが、もちろん良い。
どちらかを選ばなければいけない場合は、起床時間を優先し、毎日決まった時間に起きるようにして欲しい。
②90分周期で眠るべきか?
人間の睡眠サイクルは90分単位である
引用元:ノンレム-レム睡眠サイクルから
「90分サイクルで眠るべき」という説は一般的であり、この考え方にもとづいたアプリや睡眠プログラムがある。しかし、「ノンレム-レム睡眠サイクル」の平均的な長さは70分から100分の間で、その後のサイクルは平均約90分から120分である。
つまり、「人間の睡眠サイクルが90分」というのはおおまかな平均値でしかなく、固定されているわけではない。身長、体重、年収など、平均値の人間がほぼ存在していないのは、みなさんご存じのとおりだろう。
特定の夜の睡眠サイクルの長さを知る方法がないため、90分を基にした睡眠プログラムが必ずしも効果的とは限らない。注意して欲しい。
③最適な睡眠時間は8時間である?
睡眠時間は8時間取るのがベストである
引用元:???
「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(厚生労働省)では、以下のとおり提案されている。
- 小学生は9〜12時間
- 中高生は8〜10時間
- 成人は6時間以上
- 高齢者には長時間睡眠は健康リスクがあるため、寝床で過ごす「床上時間」が8時間以上にならないよう注意喚起している
全米国立睡眠財団から出たレポート(2015年3月)では、睡眠の専門家から生物学、神経学のエキスパートを集めて統計データを分析し、以下のとおり年齢ごとの最適な睡眠時間を出している。
- 0~3か月:14~17時間
- 4~11か月:12~15時間
- 1~2歳:11~14時間
- 3~5歳:10~13時間
- 6~13歳:9~11時間
- 14~17歳:8~10時間
- 18~25歳:7~9時間
- 26~64歳:7~9時間
- 65歳以上:7~8時間
必要な睡眠時間は個人差がとても大きいため、単純に8時間睡眠で良いとは言い切れない。日本では、2019年の国民健康・栄養調査によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人の割合は男性37.5%、女性40.6%。経済協力開発機構(OECD)の調査でも、日本人の睡眠時間は短いと指摘されている。
つまり、重要なのは「○時間」が「布団の上にいる時間」ではなく実際の「睡眠時間」であることだ。あなたにとって適切な睡眠時間を見つけ出して欲しい。
素朴な疑問【食べ物編】
①朝食は起床後30分以内に摂るべきか?
朝食が快眠に効く
引用元:???
1、朝食を食べないと、体が飢餓状態にあると思い込む。2、それによって安眠を妨げるストレスホルモンが分泌される。3、起床後30分以内に朝食を食べることで、身体は食べ物が豊富にあると確信する。
という論理展開だが、この説を裏付ける科学的証拠はほとんどない。朝食を摂っても抜いても、起き抜けにはストレスホルモンが同じように分泌されるため、気にする必要はないだろう。
どちらかといえば、夜間の過度な空腹により目が覚めてしまう問題を注意すべきである。
②就寝の4~6時間前は、辛いモノを避けるべきか?
辛いモノは睡眠に悪影響を与える
引用元:???
辛いものを食べるとぐっすり眠れなくなるという意見が存在している。しかし、世界人口の少なくとも4分の3は、通常、辛い食事をしている。これが真実であれば、例えばインドなどでは誰も熟睡できないことになる。
辛いモノを避けるべきかどうかは、自分の体質に合わせて判断して欲しい。
③就寝前にバナナを食べるとよく眠れるか?
寝る前にバナナを食べるとよく眠れる
引用元:???
バナナに含まれるトリプトファンというアミノ酸が睡眠を助けると言われているからだ。しかし、トリプトファンが直に睡眠をサポートしてくれるかどうかは、まだ解明されていない。
これについては食べても食べなくても、どちらでもよいだろう。
④質の良い睡眠のためにアルコールは避けるべきか?
アルコールが睡眠を妨げる
引用元:栄養学から
アルコールは睡眠薬と同じ受容体に作用するため、短期的に眠りを誘うが、脱水症状による頭痛、夜間のトイレ、カロリーを消費する際に発生する熱などのせいで深い睡眠を阻害し、身体を覚醒状態に向かわせてしまう。また、こうした悪影響が出るかどうかについては、かなりの個人差がある。
少量であればリラックス効果も得られるため、過度な摂取を避け、適度に楽しんでみてはどうだろうか。
⑤コーヒーは午前中しか飲んではいけない?
常にコーヒーは昼前にやめるべき
引用元:栄養学から
コーヒーには覚醒作用のあるカフェインが含まれており、人によってはその作用が数時間続くことがある。1杯のコーヒーが入眠障害を引き起こし、睡眠の質に影響を与えるという研究結果もある。
カフェインに敏感な人は、午後や就寝前の摂取を控えるべきだろう。
⑥緑茶や紅茶は睡眠を妨げるか?
緑茶や紅茶に含まれるカフェインは睡眠を阻害する
引用元:栄養学から
こちらも上記と同様に、カフェインに敏感な人は、午後や就寝前の摂取を控えるべきだろう。しかし、 緑茶や昆布茶のカフェイン量はコーヒーの半分ぐらいである。1杯程度であれば、就寝前に飲んでも問題がない人も多い。
カフェインは個人差が大きいため、自分の体調や特性に合わせて摂取して欲しい。
【詳しくはこちら】
→カフェインの正しい使い方【科学論文分析】
→カフェインレスコーヒーの効果【研究論文分析】
⑦チョコレートは 睡眠に悪影響か?
チョコレートにはカフェインが含まれているので避けるべき
引用元:???
例えば 20グラムのミルクチョコレートには約6mgのカフェインが含まれている。挽いたコーヒー1杯と同量のカフェインをミルクチョコレートから摂取するには、500g(板チョコ25枚)以上のチョコレートを食べなければならない。ダークチョコレートであれば、約150g(板チョコ7.5枚)を食べなければならない。
もしあなたがこの量のチョコレートを摂取するのであれば、気を付けるべきだろう。もちろん、カフェインだけではなくカロリーにも気をつけて欲しい(もちろん、ブラックジョークである)。
素朴な疑問【その他編】
①部屋を片付けるとよく眠れるか?
寝室は整理整頓するべき
引用元:???
- 整理整頓された寝室は不安感を和らげる
- 寝室が散らかっていると不安が生まれ、睡眠が妨げられる
どちらも一理あるが、散らかっていても気にならなければ影響は起きない。残念ながら、部屋の整頓と快眠の関係を示したデータはない。
また、眠っているときは目を閉じているはず(?)なので、睡眠に影響しないと考えるのが妥当だと思われる。
②寝室の壁はリラックスできる色が良い?
寝室の壁は「ブルー」「ダークグレー」「ラベンダー」「ホワイト」「ニュートラルグリーン」などのリラックスできる色が良い
引用元:???
しかし、単純な事実として、寝室は光が入らずできるだけ暗いことが重要である。つまり、部屋の色が何色でもほぼ関係がないだろう。
あなたの好みの壁色にして欲しい。
③瞑想は睡眠に効果があるのか?
マインドフルネス瞑想で睡眠は改善する
引用元:メタ分析から
18の試験をまとめたメタ分析(2018年12月)が「マインドフルネス瞑想で睡眠の質は有意に改善する」 という結論を出している。ただし、エビデンスレベルは中程度と言われているので、ある程度は睡眠に効果があると推測される。ここで注意すべきは、心と身体がリラックスすれば、誰でも睡眠は改善するものなのだ。つまり、マインドフルネス瞑想でなくとも良い。
心理療法の世界には「ある人のリラクゼーションは別の人の拷問である」という格言がある。
あなたがリラックスできるかどうかで、睡眠への影響度が変わるので、リラックスできるようであれば、取り入れても良いだろう。
④裸の方がよく眠れるのか?
裸で寝るとよく眠れる
引用元:???
アムステルダム大学の研究で、睡眠の質を高めるためには皮膚温を下げることが良いとされているためである。この研究では、皮膚温が低下すると体内の深部温度も下がり、深い眠りを促進する可能性を示唆した。
しかし、実際に裸で寝るだけで皮膚温が下がるわけではない。もしあなたが通常の寝具を使用しているのであれば、皮膚温はそれほど変化しないため、裸で寝ることが必ずしも睡眠の質向上につながるとは限らない。
要は、あなたにとって快適と感じるならば、裸で寝てもパジャマを着てもどちらでも問題ないだろう。
⑤ペットと一緒に寝ても大丈夫なのか?
ペットと一緒に寝ると、睡眠が阻害されてしまう
引用元:???
この問題については、現時点では相反する研究が存在し、まだ明確な結論が出ていない。
- ペットと一緒に寝ることで安心感が得られ、睡眠の質が向上する
- ペットはアレルギーの原因であり、また予測不能な動きをするため、睡眠の質は低下する
どちらも一理ある。あなたがリラックスして眠れるならば一緒に眠り、睡眠が乱されると感じるならば、別々に眠ることをお勧めする。
⑥〇〇は睡眠に役立つのか?
〇〇は睡眠に効果がある
引用元:???
どんな睡眠法にも言えることは、あなたにとって○○が「心が落ち着き、リラックスできる」ものであれば、「あなたの睡眠に効果がある」ということだ。ホットミルク、ヨガ、音楽など、何でも「あなたの心が落ち着き、リラックスできる」のであれば「良い」のである。
多くの睡眠法に惑わされず、客観的に見て、あなたに合ったリラックス方法を睡眠に役立てて欲しい。
運動のパフォーマンスを上げるためにどう眠るべきか?
運動と睡眠は密接に関連している。運動そのものが、質の良い睡眠を得るためのひとつの方法とされている。オーストラリアのフリンダース大学による研究(2018年3月)は、過去に出た「睡眠と運動パフォーマンス」に関する実験をまとめた系統的レビューである。サンプル数が少ないものの、全体的なデータの質はそれなりに高いとされている。
「睡眠時間を延ばす」効果
プロスポーツ選手が通常より2時間多く睡眠を取ると、次のような改善が見られた。
- スプリントタイムが16.2秒から15.5秒に短縮(効果量0.8)
- フリースローの正確性が9〜9.2%向上
- 主観的な疲労感が平均で80%減少
これら結果から、特に疲労感の改善に大きな効果があるとわかるだろう。
「昼寝」の効果
昼寝で運動の疲れが取れるのかについても調査された。
- 運動直後よりも、2時間後に30〜90分ほど寝たほうが主観的な回復度は高くなった
- 別の研究では、昼食後に20分の昼寝をしてもパフォーマンスに効果は見られなかった
昼寝が脳に良いという研究は多いが、運動パフォーマンスの向上にはあまり効果がない可能性があるだろう。
「睡眠環境の改善」の効果
寝室を暗くする、早寝早起きなどの改善がパフォーマンスに与える影響について調査が行われた。
- 「24:00(真夜中)には必ず室内の灯りを消す」という方法では、翌日のパフォーマンスに大きな違いは見られなかった。また、筋肉のダメージや炎症にも影響がなかった
- 「睡眠の質を上げるテクニック」を数週間試した場合、主観的なパフォーマンスや疲労感は改善したが、客観的なパフォーマンス向上は確認できなかった
睡眠で運動のパフォーマンスを上げたい場合、「細かいことを気にせず、いつもより長く寝る」ことが最もシンプルで効果的な対策になるだろう。
また、オーバートレーニングは不眠を引き起こすため、注意が必要だ。これはカテコールアミン(ストレスホルモン)の作用で神経が高ぶり、中央神経系が不調を起こすためだと考えられている。もし「きついトレーニングをしてもよく眠れない」と感じる場合は、オーバートレーニングに陥っていないか確認して欲しい。
まとめ:疲労回復と睡眠 #4【素朴な疑問編】
睡眠は、日々の疲労回復とパフォーマンス向上に不可欠な役割を果たす。しかし、睡眠に関する知識や常識には多くの誤解も存在している。
例えば「早寝」「90分サイクル」「8時間睡眠」などの定説はあるものの、個人差や生活習慣を考慮しなければならない。自分に合った睡眠方法やリカバリー方法を見つけることが、健康な生活を送りつつ、高いパフォーマンスの実現につながるだろう。
柔軟に対応し、適切な習慣の継続が、競技者であるあなたにとって最適なリカバリー手段となるはずだ。
【参考文献】
(Amazon)トレーニングとリカバリーの科学的基礎
(Amazon)不老長寿メソッド
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(Amazon)かつてないほど頭が冴える! 睡眠と覚醒 最強の習慣
(Amazon)8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識